
ローマの友人から黒トリュフのペーストの瓶詰めをお土産にいただいたので、
いろいろ考えた末に作った一品。
イタリア産のリングイネをゆでて、
鍋にオリーブオイル、生クリーム、
ブルサンチーズ(ガーリック)をいれて熱を加え、
ここにトリュフペーストを混ぜて、
ざるに上げていたリングイネをここに戻して和えたもの。
翌日は、オリーブオイル、生クリームに
ちょっと白ワインを振って
スライスしたフレッシュマッシュルームを軽く炒めたものと
トリュフペーストをどっさりいれて、作ってみた。
香りが生きててとてもいい気分。
どちらもすごくおいしくできました。
それにしても家御飯はすぐがっついてしまうため
写真に残すことが難しい。
まだ残りがたんまりあるので、
卵焼きにもしてみる予定。

今回、Romaで毎日のように夕食をともにしてくださった友人のおかげで
これまで何回も来ていたのはなんだったのだろうと思うほど
イタリアでの常識を知らなかったことに気づいた。
① カプチーノは朝飲むものであって夜は通常飲まない。
夜はエスプレッソなど濃いものを飲む。
② チップは日本と同じような感覚で渡すこともあるが、
基本的に必ずあげるわけではない。
③ レストランでは料理を最初からshareすることはなく、
各々が自分の食べたい物をとり、それを一口分けることがある程度。
④ アメリカでもそうだがチップに細かいコインを混ぜてはいけない。
⑤ 大昔どこかの国の電車で
私も検札をうけてあやうく罰金騒ぎになったことがあるが、
イタリアのバスでも検札はたまにあって
特に外国人がターゲットにされるので
あのいいかげんなバスでもちゃんと切符は持っていた方がいい。
(Roma市内のバスでは1Euroのチケットで最初に刻印してから
メトロは一回、バスは75分乗り放題となる。
バスでは二回目以降は刻印が要らない。)
⑥ Roma名物、
街のそこらじゅうにある時計が10中8-9狂っているのは、
オブジェだと思えば疑問がわかない。
その他、東京から行って感心する事柄は、
❶ 日本中の都市やNYなどのホテルでは
滞在者が無線LANを無料で使えるのは常識であるのに対し、
高級ホテルでも有線LAN、しかも高料金とあって
まだまだインターネットが特別な感じで超アナログだがみんな幸せ。
❷ 道路を横断するにもほとんど歩行者用の信号が設置されていないが、
それほど事故もなくどうにか車の間を縫って毎日無事に暮らしている。
その際、アイコンタクトさえないが、暗黙のタイミングがあるらしい。
観光客はコバンザメ横断に限る。
❸ 携帯電話はちゃんと発達していてみんな持っているのに、
結構淡白で日本ほど携帯に支配されていないこと。
それにしても話す声は日本人の30倍ぐらいでかい。
❹ NYなどでタクシーの運転手が
携帯で話ながら運転するのはよくあることだが、
ROMAの場合、
路線バスの運転手がすごいスピードで走行しつつ、
携帯で楽しそうに話しまくってたりする。
それもヘッドセットじゃなく、手で持って。
楽しいROMA,
Treviでコインもまた投げてきた事だし、絶対にまた行かれるぞ。





ローマらしい料理をユダヤ人街、マルチェロ劇場そば、
オッタヴィアの列柱すぐ隣にある店で楽しんだ。
まずはアーティチョークのユダヤ風(Calciofi alla Giudia).
オリーブオイルでガクことまるまる素揚げしたアーティコークを
塩こしょう、レモンで食べるもの。おいしい。
これはイタリア料理店林立する東京でもみたことありません。

Primo Piattoはアマトリチャーナのブカティーニ (Bucatini all'amatriciana)。
ブカティーニとはロングパスタでありながら中に空洞が開いているもの。
噛み心地がよく、ソースがパスタの中に入るので味わい深い。
ただし同行の友人に忠告された通り、これをうまく食べることは難しい。
フォークでうまく巻くことはできず、ソースがはねまくる。
これを食べるときは汚れてもいい服で食べるのが正解。

Secondo Piattoはサルティンボッカ (Saltimbocca alla romana)。
薄切りの仔牛に生ハムの取り合わせ。
肉に肉というのがローマらしくていい。

20年近く前、
ピーター・グリーナウェイの「建築家の腹」を観たすぐ後にここに来て目を見張った。
というのも映画のバックで使われていたこの彫像群を
絶対にセットだと思って観ていたから、
これが実在してたまたまそこを見つけたことが嬉しかったのだ。
同じく映画をみた友人と旅行をしていて彼女も驚いていたのだが、
もっと驚くことに後日彼女のうちで
ご両親に大昔の8mmを見せていただいていたら
なんとそこにこの彫像にのって遊ぶ3-4歳の彼女の姿が。
両親は「結局、子供なんていろいろ連れて行ってもこんなものですよー」と落胆しておられた。
カピトリーニにはローマ時代の肖像や
ロムルスとレムルスを育てるオオカミの像など
ローマを象徴する作品が数多く所蔵されていて、
何回来ても見飽きないし楽しい。

ここにはヘラクレス Ercoleの像が非常に多い。
上は赤ん坊のときのヘラクレスが
ゼウスの妻ヘラによって揺りかごに入れられた蛇を絞め殺しているところ。

Tivoliのハドリアヌス帝の別荘の床にあったという
鳩が水のみに集まっているモザイク。

4世紀のやはり石を砕いて作られた牛に噛み付く虎の図。

ヒドラを退治する成人したヘラクレス。

メデューサ。自分が石になっている。

14世紀のテンペラ画だが、
天使の指や足からビームがでてるみたいでなんかSFチックで新しいかんじ。

16世紀のティントレットの描いたマグダラのマリア。
さすがもと娼婦、肉感的な男好きする感じで聖書のイメージが膨らむ。
彼女なら現代の水商売でも十分通用する。



カピトリーニ宮殿のルーフバルコニーには
ビニールシートに包まれたリストランテが。
向かい側にはこのviewが広がる。
Santa Maria Maggiore

現在でもVatican教皇庁直轄領のひとつで5世紀に建てられて以来、
中世近代と改修が加えられて重厚でありながら絢爛。
一番ローマらしくて好きな教会かもしれない。
まだこの周辺が物騒だった頃、
教会前の階段で物を盗った泥棒が
被害者に追われてこの教会に逃げ込むのをみて
カトリック国だが教会になんの敬意もないことに驚いた。
(ここはバチカン領で治外法権なのを悪用?)
近くにあるSanta Pudenzianaの修道会に泊めてもらったことがある。
Pudenzianaの古いcupolaを根元から眺めながら
その中庭でのんびりシスターとお茶をして
金がない割にとても充足していた学生の頃。
San Clemente


古いモザイクの小さな端々のおちゃめな表現が堪らない。
キリストの十字架の中にいる鳩、羊の群、
バックグラウンドの文様に紛れている
小さな人間や動物のひとつひとつが微笑ましい。
それにしても1-2世紀までにあれだけ写実的な彫刻や
モザイクを遺したローマ文化が
ローマ帝国の終焉でこうして芸術表現が退行しているのは興味深い。
我が国でいえば1-2世紀には遠く及ばなかった文化も、
これら中世になると同年代となる
平安時代から鎌倉時代にかけて写実表現が発達しており
あまりギャップがないように思える。

San Giovanni in Laterano
やはり教皇庁直轄領の一つで
13世紀までは隣のPalazzo Lateranoが教皇の住まいだったという。
その後も19世紀終わりまでは教皇の戴冠式はここで行われていたそうで
下の写真にある北側のファサードから
広場に向かって教皇が説法を行ったという。
Santa Maria in Trastevere
夕暮れどきの広場からみたSanta Maria in Trastevere.




なんだか首から下げてて重たそう。



使徒のシンボルについてはなにかで読んで知ってはいたが、
これはないだろうよ、というかんじで面白すぎる。
聖マテオだけは人か天使なのできれいだし、
聖ヨハネの鷲もわかるとして、
獅子にみえない怪獣になっている聖マルコ、
医師でもある聖ルカも間抜けな牛に。


教会から出ると広場ではカジュアルな格好の若者5人が
次から次へとよく知られたクラシック曲を
弦楽五重奏で上手に演奏して周りの足を止めていた。
やっぱりヨーロッパなのだと実感する出来事。
広場に面した窓からおばさんも聞き惚れていた。


ちなみにイタリアではレインボーカラーは少なくともゲイのシンボルではない様子。
これにも「pace 平和」とかかいてあるし、
街でも普通のおっさんが平気でレインボーの傘をさしていたりする。

ローマからバスで40分ほどのTivoli、噴水公園になっているVilla d'Este.
学生のとき、真夏のローマに辟易しているときたまたま訪れた。
そのときの圧倒的な涼しさが忘れられず再来。
考えてみると約20年ぶり。



その間に世界遺産になったそうで、
公園中をヨーロッパ人のお達者クラブ年齢の団体がうようよ。
昔来たときはもっと静かで鬱蒼としていたイメージ。
ずっと人は少なかった。

この真ん中の噴水の裏は弧状の通路で
右の入り口から通れるようになっていて、
往事はウェディングカップルがキスして写真撮影してた。
通り抜けて水の裏側にいると涼しくて楽しかった。
現在は通り抜けできなくなっていた。さびしい。


昔来たときには向かい合わせになった二つの像のおっぱいから
それぞれ水が出ていて笑えた。
忘れがたい噴水だったのに、今は止められていた。悲しい。
下のいっぱいおっぱいがあるやつは健在。
イタリア人と思しき男の親子が代わる代わる
嬉しそうに記念撮影をしていたのが微笑ましかった。

なお、今回はパスしたがハドリアヌス帝のvillaも近くにあり、
愛玩していた男性家来の像なんかもあって面白い。
夏の暑いときに行って干上がりそうになりながら
ミネラルウォーターを頭からかぶりながら歩いたのを思い出す。
ローマ在住の友人に連れて行っていただいた店、
L'Orso 80.(Via dell'Orso 33, Piazza Navona近く)
ここは圧巻。何がすごいって前菜が。
くるわくるわ、テーブルいっぱいに並べられて二段にもなる。
ローマ皇帝にでもなった気分。数えると13皿。
家庭的な味で野菜が多く、どれもこれも美味しい。
(モッツアレッラ、プロシュット、メロン、セロリのサラダ、
魚介類のマリネ、コロッケ、肉団子、豆の煮たの、
カボチャや茄子など野菜の素あげ、トマトとインゲン、
フェンネルのサラダ、貝の蒸したの、といった具合。)
下の取り皿の料理が微妙にturn overしていることに注目。
今回のローマで何回か食べて気に入ったのはFinocchioのサラダ。
これはフェンネルの葉の根元がでっかくなったやつらしい。


それはともあれ、これらの皿は躍起になって完食する必要はないらしい。
これだけで相当おなか一杯になる。

ポルチーニ茸のリングイネ、
こんなに沢山ぼこぼことポルチーニが入っているのは初めて。幸せ。

ローマならではのアマトリチャーナもおいしかった。
ちなみにデザートは甘すぎていまひとつだったが、
ここが腹一杯食べられる居心地のいいレストランであることに変わりはない。
イタリアの有名人やベルルスコーニ元首相の来店写真も飾られていた。
親族で働いているということで、広い店内は客で一杯だが、
てきぱきとよく給仕してくれる。

2匹の蛇に絞め殺されつつあるトロイの神官ラオコーンとその息子たち。
これが1世紀の彫刻であることに観るたびに感嘆する。




いわずと知れたCappela Sistina、
学生のとき何回か修復前をみているが
90年代の修復後に印象が全く変わった。
ヨハネパウロ二世逝去後のコンクラーベはここで行われていた。
カトリックの重層を感じる。

ミケランジェロのPieta


素人が撮っても絵みたいに撮れる、
なんとphotogenicな街、ROMA!


コロンナ広場 Piazza Colonnaのマルクス・アウレリウスの戦勝を讃える記念碑。実際には彼の死後、AD180年頃建立らしい。
当初上に乗っていたのはマルクス・アウレリウス帝だったが
16世紀にSt.Paulに変えられて今に至る。
高校生のとき「自省録」を読んで以来、マルクス・アウレリウス帝を
なんだか知り合いの物知りおじさんのように感じる私だが
この戦跡をみる度にやっぱりローマ大帝国の皇帝だったことを思い知らされる。


Santa Maria sopra Minerva前の象にのったoberiskはユニーク。
この教会の中にはFra Angelico, Andrea Bregnoなど
中世のイタリア人芸術家の墓がある。


きらびやかなフランス人のための教会、San Luigi dei Francesiのなかに、
カラバッジオの聖マテオの三部作がある。
どこの教会もうまい具合に見せ場を真っ暗にしてあって、
offeringを50centisimiいれると3分間ライトがつく仕組み。
誰もが誰かいれるのを心待ちにしてまんまと鑑賞をする。
現金なもんです。こうして生活の中にとけ込んでいる芸術が
日本に来ると大枚はたいて大混雑のなか、
ガラス越しにみてありがたがるようになるのだから
たった80円ぐらい寄進するのなんて惜しくない。
